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【はじめに】

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)関連のニュースで取り沙汰される「自粛警察」、私的な取り締まり行為を行う一般の人のことを言いますが、「自粛警察」のポイントは、取り締まられる側は特に「法」に反した行為を行ったわけではないという点です。
では、いったい何に反したというのでしょうか。

 

それは、「世間」の「空気」だったのではないかと私は考えます。

 

劇作家・作家の鴻上尚史氏と九州工業大学の佐藤直樹名誉教授の著書(参考文献1)に書かれていた説明がとてもしっくりと来ました。この本では、「世間」の説明を「社会」と対比して下記のようにしています。

 ・「世間」:「現在及び将来、自分に関係がある人たちだけで形成される世界」
 ・「社会」:「ばらばらの個人から成り立っていて、個人の結びつきが法律で定められているような人間関係」

つまり、自分が所属する「世間」の「空気」に反する人がいたので、取り締まったという説明です。

「空気」を読まなかった時の反感は、日本にいれば多かれ少なかれ誰しも経験したことがあるのではないでしょうか?
なお、ここでいう「空気」とは、「集団のその時々の暗黙の意思・方針」というような意味合いで私は解釈しています。

佐藤教授によれば、欧米には「社会」はあっても「世間」はあまり存在していないそうで、とても日本的な存在だそうです。では、どうして日本には「世間」があり、日本人はその「空気」に従ってしまうような「気質」を持っているのでしょうか?

 

社会心理学者の山岸俊男先生の著書(参考文献2)がこの疑問に対するひとつの洞察を与えてくれました。

 

 

【「世間」は「不確実性」への戦略】

例えば、赤の他人のAさんから200万円で返すから100万円貸して欲しいと借金を申し込まれたとします。その際、返してもらえないかもしれないという「不確実性」が生まれます。得なのでできれば貸したいが、何とかこの「不確実性」を下げることができなければとても貸せる心境にはなれないでしょう。
そこで、この「不確実性」を下げる対策として、

 <不確実性への対策>

  ・戦略①:主観的信頼
       自身の持てる検知能力を駆使し、信頼できるかを判断する

  ・戦略②:客観的信頼 (コミットメント関係の構築)
       関係が切れると不利益があるような深い関係を構築する

  ・戦略③:担保
       未返済の場合でも損害を補填できるものを確保する

が参考文献2では紹介されています。

日本においては、この「不確実性」への戦略として②が良く採られるようです。日本と欧米のビジネス慣行を例にとり、日本では取引先との「信頼関係」の構築が大事で、時間はかかるが、一度構築すれば電話一本で取引が成立するといった話が紹介されていました。
つまり日本は、コミットメント関係で結ばれた集団を構築し、その内部の「不確実性」を下げる戦略が採られることが多い「集団主義社会」であるということのようです。

 

これを適用すると、先にあげた「世間」とは、

 ・「世間」:「不確実性」への対策戦略

と理解できるのではないかと思います。

 

参考文献2では、この「集団主義社会」の特徴として、下記点が挙げられています。

 ・内集団では安心していられる反面、外集団と広く結びつく動機に欠け、さらには、外集団に対して不信感や警戒心もって接してしまう
 ・内集団では相互規制、相互監視の下、自己を犠牲にしても集団の和を優先する反面、外集団においては羽目を外す (旅の恥は搔き捨て)

これらの特徴も「自粛警察」を生んだ一因なのかもしれません。

 

 

【「世間」戦略は機会損失が高くなってきている!?】

「世間」はわかりましたが、「空気」と、「空気」に従ってしまう「気質」とはいったい何なのでしょうか?

 

参考文献2では、

『人々の適応行動と、その行動を適応的にしている社会的環境との間の相互強化の関係の存在が「文化」をつくる』

と言及しています。これを「集団主義社会」にあてはめてみると、

『「安心を得るために内集団の和を優先し、外集団を排斥する行動」と「内集団の和」が相互に強化し合う関係を保ち「集団主義社会」を形成している』

といった感じでしょうか。すると「空気」と「気質」は、

 ・「空気」:内集団の和
 ・「気質」:安心を得るために内集団の和を優先し、外集団を排斥する行動

と考えると良いのではないでしょうか。
なるほど、「不確実性」を低減するための「空気」と「気質」が相互強化し合う戦略が「世間」であり、これによって「集団主義社会」の日本がつくられたと整理できそうです。

 

なるほどなるほど。では、その戦略は今も有効なのでしょうか?
現在や今後の有効性について考察してみます。

 

現代日本の状況を見渡してみますと、インターネットを通して大量の外集団の情報が手に入るだけでなく、SNS、YouTube、Zoomなどでは双方向のコミュニケーションが可能となり、さらには、あつまれどうぶつの森など、バーチャル空間での交流においては、「自分の分身」での交流が可能となってきています。

こういった情勢の中では、安心のためとはいえ、集団の和を優先する行動を時には強いられながら過ごすより、多くの多様な集団から個々人の意に沿う居場所を見つけていく方がメリットが大きいかもしれません。
また、仮に集団からはじき出された場合も、どこの集団にも属せないリスクは低減していると言えるでしょう。
そうだとすれば、集団内外の行き来を妨げる上記の「気質」は、知らず知らずの内に大きな機会損失を生んでいる可能性があります。

 

では、このように「社会的環境」が変化し、いわば「開かれた社会」のような「文化」が作られようとする中、「不確実性」を低減するために人々はどういった適応行動を取れば良いでしょうか?

 

 

【「情報の透明性」の向上と「主観的信頼」の醸成】

参考文献2では、「不確実性」を低減しつつ「開かれた社会」への戦略として

 ・戦略①:「主観的信頼」の醸成

を挙げています。正しく情報を検知、精査するスキルによって相手を「信頼」し、必要なリスクを取って未知を切り開いていくマインドの醸成が必要になってくると言及しています。

加えて、この戦略に欠かせないものとして挙げているのが、

 ・「情報の透明性」の向上

です。
「不確実性」の大きな原因の一つは情報の不足にあります。
冒頭の例で言えば、Aさんの返済能力に関する情報がしっかり揃っていれば、返済してもらえるかどうかの「不確実性」は低減できます。また、Aさんの人柄や置かれている状況の情報が得られれば、Aさんが騙そうとしているかどうかの「不確実性」が低減できます。
つまり、「情報の透明性」を向上し、必要な情報が必要な時に得られれば「不確実性」は下げられるのです。

 

なお、戦略③は大変に有効な戦略で、場合によっては「不確実性」をゼロにすることも可能ですが、担保を用意しなければならない性質があるため、他の戦略ほど柔軟に利用することが難しく、限られた場面で利用されています。

 

 

【まとめ】

「社会的環境」が変化し、新たな「文化:開かれた社会」の兆しが見えてくる中で、これまでの「世間」戦略では機会損失が大きい可能性があります。そこで「主観的信頼」戦略を取っていくのが良いとのことですが、これには「情報の透明性」の向上が不可欠です。

「情報の透明性」の向上は、ITが力を発揮すべき分野だと思います。人々が信頼し合い、未知を切り開いていくマインドを持てる「開かれた社会」になるよう、ITが役立っていければ良いと思います。

 

 

<参考文献>

  1. 鴻上尚史, 佐藤直樹 「同調圧力 日本社会はなぜ息苦しいのか」 講談社現代親書
  2. 山岸俊男 「安心社会から信頼社会へ 日本型のシステムの行方」 中公新書

 

 

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2020年10月12日 (月)

青山システムコンサルティング株式会社

宿谷大志