コラムカテゴリー:ITコンサルティング, プロジェクトマネジメント, 情報戦略/業務改革, 開発プロセス
記事の執筆

システムコンサルタント久保田 一樹
メーカー系SIerに入社後、メガバンク案件でプロジェクトマネジメントを経験する。多くのステークホルダーと厳格なスケジュールのもと、プロジェクトの成功に貢献する。その後、信用調査会社で社内システムの要件定義から移行までを担当し、利用者視点の設計で高く評価される。 これらの経験を活かし、現在は開発者と利用者双方の視点を持つコンサルタントとして、PMO支援を中心に活動している。
要件定義の前が重要な理由
システム開発は、企画、要件定義、設計、実装、テストといった複数のプロセスで構成されています。
それぞれのプロセスは密接に関連しており、特に、前工程で生じた不備が後工程で発覚すると、その対応に多大なコストと時間がかかります。
図 システム開発の一般的なプロセス
たとえば、要件定義で定義した機能について、発注者と受注者の間で認識のずれがあり、それが受け入れテストの段階で初めて発覚したとします。
この場合、設計や実装工程を最初からやり直すことになり、プロジェクトは大幅に遅延し、予算も膨れ上がります。
しかし、さらに深刻なのは、要件定義の前段階である「企画プロセス」に不備がある場合です。
企画プロセスが不十分だと、システム化の目的自体が曖昧になり、「完成したシステムが、そもそも解決すべき課題と合致していない」という最悪の事態を招きかねません。
企画プロセスを丁寧に実施することは、要件定義の精度を高め、後工程での手戻りのリスクを最小限に抑えるための効果的な方法です。
CRMやSFAといった営業支援システムの導入を事例に企画プロセスについて解説します。
要件定義の前にやるべき「企画プロセス」とは
企画プロセスとは、システム開発の土台を築く重要な工程です。
このプロセスは、システム化構想の立案とシステム化計画の立案という2つのステップで構成されます。
システム化構想の立案
「システム化構想の立案」とは、「経営課題を解決するために、あるべき業務とそれを支えるシステムの姿を描くこと」です。
「単に新しいシステムを入れる」のではなく、「なぜシステムが必要なのか」という問いに答えを出していくプロセスと言えます。
このステップでは、以下の項目を明確にしていきます。
- 経営上のニーズや課題の特定
「一部の優秀な営業担当者に売上が依存しており、人材の流出による急激な売上低下リスクを抱えている。マネージャが積極的に介在することで、営業一人当たりの売上を向上させたい。」
といった、具体的な課題を洗い出します。 - あるべき姿の明確化
現状の業務を可視化した上で、システム導入後のあるべき業務を明確化します。
たとえば、以下のように現状とあるべき姿の明確化を行います。- 現状
営業担当者の商談履歴は、手書きのメモやExcelファイルに保存され、マネージャは週次の報告会でしか進捗を把握できていない。 - あるべき姿
商談フェーズや顧客とのやり取りがリアルタイムで可視化され、マネージャは進捗状況をいつでも確認できる状況にする。
適切なタイミングで具体的なアドバイスができるようになる。
- 現状
- システム化の目的とゴール(KPI)の設定
システム化する対象業務を絞り込み、そのシステムに期待する具体的な数値目標を策定します。
たとえば、「マネージャの介入を促すことで、営業一人あたりの月間売上件数を10%向上させる」といった具体的なKPIを策定します。
システム化計画の立案
「システム化計画の立案」とは、「システム化の計画やプロジェクトの計画を具体化し、関係者の合意を得るプロセス」です。
進め方の一例は以下の通りです。
- 対象業務のシステム課題の定義
現状の業務を分析し、「マネージャがメンバーの営業活動の状況を把握できず、適切なアドバイスが遅れる」といった問題点を洗い出し、システムで解決すべき課題を定義します。 - システム化機能の整理とシステム方式の策定
目的達成に必要な「商談フェーズ管理機能」や「レビューコメント機能」など、システムの機能を整理します。
これは、同時に不要な機能を整理することにもつながります。
たとえば、「お客様の興味や関心に合わせて自動でメールを送る」など、CRMやSFAを拡張して実現可能な機能もありますが、必要な機能を整理することで、要件定義以降での不要な開発を抑止できます。
その上で、SaaS型のサービスを利用するか、PaaS型のサービスをベースに自社で開発するかといったシステム方式の方向性を策定します。 - サービスレベルと品質に対する基本方針の明確化
「顧客情報へのアクセス権限を詳細に設定することで情報漏洩のリスクを低減する」といったシステムに求められるセキュリティ要件やパフォーマンスなど、具体的な目標を明確にします。 - 費用とシステム投資効果の予測
システム化構想で策定したKPIが達成された際の売上増加分を具体的に予測し、システム導入にかかる概算コストを算出し、投資対効果を算出します。
この段階の概算コストだけでは判断が難しいケースもあります。
そのような場合、次の要件定義工程でより精緻なコスト見積もりを行い、投資対効果を再評価する必要があります。
その前提として、システム化計画の段階で、「3年以内に投資を回収できる見込みがなければプロジェクトを凍結する」といった明確な撤退基準を設定しておくと良いでしょう。
これにより、無駄な投資を回避し、プロジェクトの健全な運営につながります。 - プロジェクトの目標設定
プロジェクト遂行の判断基準となる、品質、費用、納期の目標と優先順位を設定します。
たとえば、「システム導入が遅れても現行業務の継続に大きな影響がない」「システムの品質により新システムの定着率に影響を与えてしまう」などが予想される場合、「品質 > 費用 > 納期」という優先順位に設定します。 - プロジェクト新体制の策定と全体開発スケジュールの作成
プロジェクトの責任者や各部門の担当メンバーを選定し、「要件定義を1ヶ月、開発・導入を3ヶ月で実施する」といった全体スケジュールの大枠を作成します。
企画プロセスを実行しないと起きること
企画プロセスを十分に実施しないまま要件定義に進むと、以下のような問題が発生するリスクが高まります。
- システム導入自体が目的になり、業務課題が解決されない
システムの導入自体が目的となり、本来解決すべき業務課題が忘れられると、導入後の業務改善は期待できません。
たとえば、単に「商談結果の入力率」をKPIに設定し、システムの導入を推進するだけでは、入力が形骸化する恐れがあります。
先の例で言えば、入力内容がマネージャの介入につながるように、解決したい業務課題を企画プロセスで明らかにし、システムをどう活用するかまで、検討する必要があります。 - 開発中に仕様変更が頻発し、スケジュールと予算が超過する
目的が不明確なまま開発が進むと、プロジェクトの途中で「やっぱりこの機能はいらない」「別の機能を追加してほしい」といった仕様変更が頻発します。
これにより、プロジェクトのスケジュールや予算が超過することになります。
企画プロセスでシステム導入の目的を明確にし、解決したい業務課題について必要な機能を整理することは、同時に不要な機能を整理することでもあります。 - 完成しても現場で使われない、形骸化したシステムになる
目的やあるべき姿、現状把握が曖昧なまま導入されたシステムは、現場の業務プロセスにフィットせず、活用されない可能性があります。
多額の投資が無駄になり、誰も使わないシステムが残ってしまう事態を招きかねません。
SFAで言えば、営業活動を記録することのメリットや記録しないことのデメリットを営業現場が実感できる仕組みなども検討する必要があります。
成功は企画プロセスから始まる
システム開発を成功させるためには、要件定義の前段階となる「企画プロセス」が欠かせません。
このプロセスを丁寧に実施することで、システムの目的が明確になり、要件定義の精度が高まります。
結果として、後工程での手戻りのリスクを最小限に抑え、成果につながるシステムを実現できます。
弊社では、企画プロセスから一貫してお客様のシステム開発をご支援しています。
システム導入をご検討中の方、企画の進め方に不安がある方は、ぜひお気軽にご相談ください。
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2025年08月07日 (木)
青山システムコンサルティング株式会社